「津久井やまゆり園」の事件から今日で10年。
自分は過去に「得体の知れない人間は同じようなことをするかもしれないから怖くて採用できない」と言われたことがある。
当時は憤りしかなかったけど、今となっては言った側は正しかったと思う。
自分も周りを不幸にしかできない生きる価値のない人間だと思うから。
それでいてできない(失敗しさらに周りを不幸にする)からタチが悪い。
それでも生きる価値があるかどうかは本人が決めるもの。
他人に決められる筋合いはない。
まして一方的に奪われる権利はないと思う。思いたいけど・・・。
生きる価値云々という言葉自体が危険な気がする。
役に立つ人間以外は価値がない、みたいな感じにもなりかねない。
それでも周りを苦しめ不幸にしかできない人間が存在するのも現実と思う。
本当に難しい問題だ。
===
(おまけ)世間では土用の丑の日らしい。
うなぎを買う気力も財力もないので見切り価格のはんぺん買ってそれっぽいものを作って食べることにした。
感想。それっぽいタレを作れればそれだけで十分うなぎ(大げさ)
2026年7月26日日曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。