平日とは思えないほど人が多かった・・・休日だとどうなってたか。
なのに個人的に一番感動したのが、博物館開場まで時間があったので散歩のついでに、折角だからとお城に入って、5階から見たコレ。
違ったら申し訳ない。(というか違う可能性の方が高いと思う)
それでも個人的には、思った以上に333バンクぽくて感動した。
その後ひたすらバンク跡(?)ウォーキングしたのは言うまでもない。
(そういう目で見るともはや競輪場跡にしか見えないぉぃ)
選手入場をイメージしてしまった(ぉぃ | |
第2?第4?コーナーの名残? |
(一番の理由は学校(中学校)新設のための予算捻出のためらしいけど)
壮大なる勘違いかもしれない(その可能性は極めて高い)けど、本当に、思った以上に333バンクぽくて感動してしまった。
実際333バンクにしても小さい気がするので全然違うと思うけど。
それだけの話。合掌。
===
(おまけ)自分の中で「会津競輪場」への解釈がひどすぎる件
(1950年)
・お城再建は会津の悲願である!だけど金がない!
→ちかごろ話題の競輪で資金集めしようぜ!
(5年後)
・再建資金集まったし?(もともと5年契約だったし?)(平にも競輪場できたし?)会津競輪は廃止しちゃおーぜ!
→そうはいってもまだ競輪つかってお金集めがしたいなぁ・・・。
→体育館?市民会館?建設資金が集まるまで、あと少し・・・、
(移転から5年後)
・体育館?市民会館?建設資金も集まったから競輪はお役御免!といわけで廃止!これにて一本!パンパンパン!
正直な感想。なんだかなぁ・・・。
ものすごく分かりやすい「金の切れ目が縁の切れ目」だなと。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。