2013年9月24日火曜日

当地グルメ

意外と食べない。
結局チェーン店(特に牛丼屋)に走ることが多い・・・のは私だけ?

理由はいろいろある。見た目と比して割高感が強いとか、実際高くて手が出せないとか、そのわりに・・・だろう的偏見とか。(いわゆる「ぼったくり?」的超偏見)

それは競輪場でも同じで、当地グルメ的なメニューがあったりする競輪場もあるけど、結局手を出さない。競輪場では普通に食事してるのに。なんでだろう?

たぶん上記の理由に加え「こんなところで食べたくない(どうせ食べるならもっといいところで)」的な超偏見があるのだろう。(本当にごめんなさい)

だけど意外とサブリミナル効果があるのか、競輪場の外で食べたくなる。
結果手を出した(出してしまった)ご当地グルメもあるとかないとかw

そういう意味でも競輪場内で「ご当地グルメ」は出した方がいいと思う。根拠はないが旅打ちの人は直行直帰が多そうだから、そういう人にとっては競輪場が唯一の宣伝媒体だし、もしかすると(特に遠方から来た人間が)食べるかもしれないし・・・

変な言い方だけど競輪場なら少々ハズレでも許される気がするしw
(本当にごめんなさい!)

というわけで?あらためて競輪場内でもご当地グルメ欲しいです。
(小倉では「小倉発祥 焼きうどん」出してたな・・・食べたことないけど)
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(おまけ)なんとなくくすぶっているひとりごと
「自分がどんどんダメになる」「誰にも必要とされなくなる」「お荷物になる」「独り」
そんな不安を持ちたくなければ、ただひたすら努力するのみ!

それが正解かもしれないけど、それができる人、そうはいない。
というか、こういう部分に「こそ」周囲の助けや支えが必要じゃないかと思う。

「私は大切にされている」「私は必要とされている」「私は役に立てている」「私にもできることがある」みたいな感情が持てるための助けというか支えというか・・・

そういう感情を持つことができれば、少しは前向きになれる・・・のだろうか?
正直ものすごく危険な両刃の剣のような気もするけど・・・

それでも折角の人生を不安まみれで過ごしてしまうのはもったいない。
そういう感情は持てるようになった・・・かもしれない。
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(おまけ2)某人生相談サイトより
「頑張れ」「努力しろ」「自分を磨け」「レベルを上げろ」
鬱(になりかけ)の人には絶対言っちゃいけない言葉の羅列。
だけどこれ、正しいんだよな・・・

「頑張ったね」「お疲れさま」「距離を置いて」「少し休んで」
鬱(略)にはみたいなことを言った方がいいとされている・・・たぶん。
ある意味これも正しいと思う。

だけど鬱(略)の人は分かっている。距離を置いてどうなる?休んでどうなる?
どんどん周りとの差は開き、どんどん自分がダメになっていくだけ。
いったん開いた差を取り戻すのも、ダメになった自分を回復させるのも厳しすぎ。

それでもあえて周りと距離を置きたい、ダメな自分でいたい、と思うと終わり。
そういう意味で、自分はとっくに終わっている。

つまり、そういうことだ。

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